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最高裁判所第二小法廷 平成10年(行ツ)24号 判決 1998年3月27日

静岡県榛原郡金谷町牛尾八六九番地の一

上告人

株式会社寺田製作所

右代表者代表取締役

寺田順一

右訴訟代理人弁護士

寺内從道

新潟県南魚沼郡塩沢町大字長崎三四三三番地一

被上告人

株式会社石坂製材所

右代表者代表取締役

石坂正外

同大字姥沢新田二三六番地四

被上告人

石坂豪

右当事者間の東京高等裁判所平成八年行(ケ)第一六三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年九月九日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所ば次のとおり判決する。

"

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人寺内從道の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博)

(平成一〇年(行ツ)第二四号 上告人 株式会社寺田製作所)

上告代理人寺内從道の上告理由

一、(一) 特許法第三六条五項(昭和六二年法律第二七号による改正前のもの)は「特許請求の範囲には発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」と規定する。

(二)1 『特許請求の範囲は、・・・権利書としての明細書において重要な意義を有するものである。すなわち、「発明の詳細な説明」は特許出願人が社会に公開し実施の指針にしようとするものであり、一方「特許請求の範囲」は社会に対し自己の権利としてしうる範囲を定めたものである。この特許請求の範囲の記載は、それが権利の範囲を限定するものであるだけに、出願人にとって重要な意義を有するのみならず、一般公衆にとってもまた重要な意義を有する』(青林書院版注解特許法第二版・上巻第三四二頁)。

2 したがって、本条項の趣旨は、『発明の詳細な説明に記載せず、これを開示しない事項を、特許請求の範囲に記載すれば、開示されない発明も特許権により保護されることになり、そのようなことは特許制度の趣旨に反することになるから、特許請求の範囲には発明の詳細な説明に記載して開示した事項のみを記載すべきこととしたものである(東京高判昭五七・一〇・二八特企一六八号一八)。従って、当該発明の「構成に欠くことができない事項」、すなわち当該発明の技術的課題を解決するために必要不可欠な技術的手段(技術的事項)を記載することになり、いわゆる発明の構成要件のすべてを記載することが求められていることになる。これは、各技術的要素をすべて記載するだけではなく、各技術的要素の相互関係もすべて明確に記載すべきことになる(審査便覧二四・〇二A・三)』(前掲書第三四六乃至三四七頁)。

3 なお、『発明の目的または効果を達成するのに必要な構成を具体的に記載しないで、その構成を機能的に表現した特許請求の範囲は、一般に機能的クレーム(functional claim)といわれる。このような記載は、明確でないためましくなく、特に特許請求の範囲に記載された事項が単一の技術的手段からなるのに、その技術的手段の機能的(作用的)に表現されることは許容されない(審査基準「明細書」六、五(2))が、機能的表現をもつて構成の記載に代えることは技術分野又は発明の内容のいかんによっては必ずしも許されないわけではない(東京高判昭六三・三・二九特企二三三号四四-四七)』ともされている(前掲書第三四九頁)。

二、(一) さて、本件特許権の特許請求の範囲には「通気可能な回転体に遊動空間を残してぜんまいを収納し、回転体の回転速度をぜんまいが遠心力により回転体上部まで上がり落下することによりぜんまいの綿取りと揉捻を行なうようにしたことを特徴とするぜんまいの綿取り揉捻方法」と記載されている(甲第二号証)。

(二) しかしながら、審決も認定しているように、少なくとも「本件明細書の記載によれば、本件発明の特許請求の範囲の記載はぜんまいを乾物化する工程において、天日、紫外線発生燈、焚火、温風などでぜんまいを十分乾物化できる程度に通気可能な回転体を設けることを要件とるものと認め」ざるをえないのである(甲第一号証第九頁)。

(三)1 したがって、前述のとおり、特許請求の範囲の記載方法は、発明の目的または効果を達成するのに必要な構成を具体的に記載しないで、その構成が、本件特許請求の範囲には少なくとも、審決が認定した右機能的構成要件の記載がなければ、発明の詳細な説明に記載された発明の作用効果を奏する構成を記載したとは言えないのである。

2 すなわち本件特許請求の範囲の記載の如き単に「通気可能な」のみの記載では法の趣旨である発明の構成要件のすべてを記載したことにならず、一般公衆も不当な差止請求を受けるなどの実害が生じるのであり、特許法第三六条五項の趣旨に反し同条項に違反するものであり、右条項に違反しないとした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があるのである。

(四)1 右に関連し、原判決は、「原告は、単なる「通気可能な回転体」では回転体に単に直径一センチメートルの通気孔一つが設けられているだけで十分な乾燥を行えない回転体までもが本件発明の要旨にいら「通気可能な回転体」に含まれてしまう旨主張する。

しかしながら、本件発明の実施に当たり、回転体を「通気可能」とするために、通気孔等の設置場所、形状、個数等をどのよらにするかは当業者が適宜設計し得る事項というべきであるから、本発明の特許請求範囲に「通気可能な」とのみ記載されているため、単に直径一センチメートルの通気孔一つが設けられているようなものでぜんまいの十分な乾物化を行えないものまでが本件発明の特許請求の範囲にいう「通気可能な回転体」に含まれてしまうと解することはできない。

よって、この点の原告の主張は採用できない。」と述べている(甲第一号証第一〇頁)。

2 しかし右判旨は左記のとおり失当である。

(1) 右判旨は、本件特許権を当業者が実施する場面のみを述べているのである。

しかし、当業者が本件特許権を実施する場合の問題は前述(一の(二)の1)のように発明の詳細な説明の問題である。

(2)イ ところが、ここでの問題は、特許権の権利範囲を確定する特許請求の範囲の記載に関するのである。

ロ 特許権者は、特許請求の範囲の記載が単に「通気可能な回転体」のまま特許権が付与されていれば、単に通気孔が一つであって、温風による乾燥のみを行ない、本件発明の目的であり、作用効果である天日による乾燥や煙による薫製ができないイ号方法に対しても特許権侵害であるとして差止請求訴訟を提起したくなるものであり、上告人を始めとする一般公衆は自らを防御するため大変苦労を強いられるのである(なお上告人は被上告人より提起された侵害行為差止・損害賠償請求訴訟において約五年の年月を経たうえ第一審の勝訴判決を得た)。

(3) それ故にこそ法は特許請求の範囲には、前述(一の(二)の2)のとおり、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみを、そしてそうした事項のすべてを記載せよと要求しているのである。

(4) 故に、原判決の右判旨は特許法第三六条五項の趣旨には合わない判旨であり、結果的に同条項に違背した誤った判決である。

三、(一) また、原判決は「原告は、本件発明は、人手を煩わすことなく、また天候に左右されることなどなくぜんまいを乾燥しながら綿取りと揉捻を行える発明であり、そのため、「本件発明を実施する装置」としての回転体は実施例では金網を用いてその網目から通気可能にしたが、他の実施例としては、金属円筒であっても孔を多数散在穿設した金属円筒であれば「本件発明を実施する装置」になり得るとしていることが明らかとなってくるから、本件発明の特許請求の範囲は、「胴周面に多数の通気孔を設けそこから通気可能にした回転体」を用いたという構成に記載されていなければならない旨主張する。しかしながら、上記(一)に説示のとおり、「金網を用いてその網目から通気可能にしたもの」も、「孔を多数散在穿設した金属円筒」も、実施例として記載されているのにすぎないものであり、実施例のとおりに「胴周面に多数の通気孔を設けそこから通気可能にした回転体」と構成しなければ本件明細書記載の効果を生じないと認めることはできないものである。よって、この点の原告の主張は採用できない。」としている(甲第一号証第九頁(2)以下)。

(二)1 しかし、上告人は、<イ>本件発明の解決課題、<ロ>回転体には金網の他は金属円筒以外想到しにくいこと、<ハ>明細書の当該部分が「本件発明を実施する装置」についての説明であることから判断し、出願人は回転体に関しては単に幾つも想定しうる実施例の一つとしてではなく、「本件発明を実施する装置」として回転体は金網を張設したものか金属円筒の場合は胴周面に多数の通気孔を散在穿設したものに限定したものと解釈すべきと考える。

2 上告人は、とくに本件特許出願と原出願(甲第三号証)とは、発明の詳細な説明および特許請求の範囲の記載において、物の発明と方法の発明との記載上の差異はあるものの、技術思想としては全く同一であるところ、右原出願の特許請求の範囲には「胴周面に張設した目を通して通気可能にした」と限定して記載されていることから判断し(甲第三号証の特許請求の範囲)、更に拡張しても方法として「金網の網目もしくは金属円筒の胴周面に多数散在穿設された孔から通気可能にした」と構成要件を具体的に記載することがより望ましいと考え、本件特許請求の範囲の記載はこの具体的記載を欠くから違法であるとして、特許無効の審判を申し立て審決取消訴訟も提起した。

(三)1 しかし、上告人の右無効事由の特定は、仮に出願人に他の実施例を排除する意図がなく、右具体的記載では出願人の意図に反するとしても、前述のとおり、すくなくとも原判決が本件特許の構成要件として認定している機能的要件の付加的記載が法第三六条第五項の要求する特許請求の範囲の記載としては不可欠であり、その記載を欠く本件特許請求の範囲の記載方法は違法とする趣旨を含むものである(上告人は、前述のとおり、機能的要件の記載は好ましくないため先ずは具体的記載を考えたにすぎない)。

2 したがって、前述のとおり、本件特許請求の範囲の記載を適法とした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があるといわざるを得ないのである。

四、 なお、原審においても上告人は摘示しているが、本件審判取消訴訟に関しては、『「監視管理装置」の発明における特許請求範囲には、生活情報の種類に限定がなく、右発明はすべての生活情報についての時間間隔を計測するものであるのに対し、図示実施例記載のものは、特定の生活情報と特定の生活情報との時間間隔だけを計測するもので図示実施例記載もの請求範囲に記載された発明とが、その構成要件において正確に対応していない場合、右発明の出願は、明細書および図面の記載が不備であり、本条(第三六条)に規定する要件をみたしていないとした審決の認定、判断は妥当である』とした判例(昭和六三年八月一六日東高民六判、昭和六一年(行ケ)二四三号、最高平成元年五月二六日二小判、昭和六三年(行ツ)第一六七号)が先例となると思われる。

以上

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